2012年10月2日火曜日

10月2日


◎今日のテキスト

 田端の高台からずうっとおりて来て、うちのある本郷の高台へのぼるまでの間は、田圃だった。その田圃の、田端よりの方に一筋の小川が流れていた。関東の田圃を流れる小川らしく、流れのふちには幾株かの榛の木が生えていた。二間ばかりもあるかと思われるひろさで流れている水は澄んでいて流れの底に、流れにそってなびいている青い水草が生えているのや、白い瀬戸ものの破片が沈んでいるのや、瀬戸ひき鍋の底のぬけたのが半分泥に埋まっているのなどが岸のところから見えていた。大根のとれる季節になると、その川のあっちこっちで積あげた大根を洗っていた。川ふちの榛の木と木の間に繩がはってあって、何かの葉っぱが干されていたこともある。わたしたち三人の子供たちは、その川の名を知らなかった。
 ——宮本百合子「菊人形」より

◎呼吸のことを思いだす(一)

 昨日は世田谷・桜新町の区民集会所に行って、あるグループの皆さんに音読療法の説明と体験実施をさせてもらった。比較的ご高齢の方が多く、しかし介護を必要とはされていない元気な方がほとんどだった。
 介護を必要としない、寝たきりにならない、認知症にならない老後というのは、私自身も望んでいることだが、これは努力しなければそうなるものではないとかんがえている。介護予防にもっとも有効な手段のひとつに音読療法があると思うが、昨日集まったみなさんにお聞きしたところ、普段呼吸のことなどほとんど意識したことがないという方がほとんどだった。
 これにはちょっと驚いた。

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