◎今日のテキスト
「おい、散歩に行《ゆ》かないか。」と、縁側に立って小さく口笛を吹いていた夫は言った。
薄暗い台所でしていた水の音や皿の音は一寸《ちょっと》の間やんで、「ええ」と、勇みたったような返事が聞えると、また前よりは忙しく水の音がしだした。
暗い夜であつた。少しばかり強く風が渡ると、光りの薄い星が瞬きをして、黒いそこらの樹影《こかげ》が、次ぎから次ぎへと素早く囁《ささや》きを伝えて行く。便所《はばかり》の手拭い掛けがことことと、戸袋に当って揺れるのがやむと、一頻《ひとしき》りひっそりと静かになって、弱り切った虫の音が、はぐきにしみるように啼いてるのが耳だって来る。
——水野仙子「散歩」より
◎息を吐ききる(三)
なにか手近な文章を読んでみる。その意味をあまりかんがえず、ただ声を出すためだけに読んでみる。
読みはじめたら、息継ぎをせずに、だらだらと句読点も区切らず、お経を読むような感じで一本調子に読みつづけていく。するとだんだん肺のなかの空気がなくなってきて、やがて読みがつづかなくなってくるだろう。それでも肺の空気が完全になくなって声が出なくなってしまうまで読みつづける。
息を吐ききるのとおなじことが、これでできる。
声が出なくなったら、おなかの力をゆるめると、自然に肺のなかに空気がはいってくるだろう。それをゆっくりと味わってから、またおなじようにお経のように読みつづける。それを繰り返す。
これは音読療法でいう「ボトムブレッシング」という呼吸法とおなじ効果を得ることができる。