2012年9月7日金曜日

9月7日


◎今日のテキスト

 あの人は今度こそ助からない。三度目の卒中だった。毎晩毎晩、僕はあの家の前へ行っては(学校は休みに入っていた)、明かりの点《とも》っている四角い窓を見つめた。来る晩も来る晩も、ほんのりと一様に、変らず明りが点っていた。もし亡《な》くなったのなら、暗く翳《かげ》ったブラインドに蠟燭《ろうそく》の影が映るはずだ。死んだ人の枕元《まくらもと》には二本の蠟燭を立てることになっているのだから。
 ——ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』(柳瀬尚紀・訳)

◎自分の声(二)

 人が聴いている自分の声と、自分が聴く自分の声がちがって聴こえるのは、こういうわけだ。
 人が聴いている自分の声は空気の振動として空気を伝わってくる。しかし、自分が聴いている自分の声は、空気振動のほかに、直接骨を伝わってくる振動がある。
 声帯の震えとして生まれた声は、空気中に伝わると同時に、喉から自分自身の骨へと伝わり、それが顎、頭蓋骨を通って直接内耳へととどく。自分が聴いている自分の声は、そのふたつの合成音である。
 通常、合成音は、空気伝導音より低く落ち着いた音として聴こえる。なので、レコーダーで録音した自分の声を聴いたとき、たいていの人は思ったよりうわずったような自分の声に違和感をおぼえ、反射的に「いやだ」と感じてしまうのだ。

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