◎今日のテキスト
朝からどんより曇《くも》っていたが、雨にはならず、低い雲が陰気《いんき》に垂れた競馬場を黒い秋風が黒く走っていた。午後になると急に暗さが増して行った。しぜん人も馬も重苦しい気持に沈《しず》んでしまいそうだったが、しかしふと通《とお》り魔《ま》が過ぎ去った跡《あと》のような虚《むな》しい慌《あわただ》しさにせき立てられるのは、こんな日は競走《レース》が荒《あ》れて大穴が出るからだろうか。晩秋の黄昏《たそがれ》がはや忍《しの》び寄ったような翳《かげ》の中を焦躁《しょうそう》の色を帯びた殺気がふと行き交っていた。
——織田作之助『競馬』
◎風土(一)
人は生まれ育った土地の自然環境や風習、風土の影響を強く受けて、その性質を形成していく。
私は北陸の山間部に生まれ、育った。十八歳になるまでそこですごした。
山間部というのは盆地であり、中心部には九頭竜川という大きな川が流れていた。まわりは白山山系の険しい山並みに囲まれていて、日の出は遅く、日の入りは早いような「窪み」のような街だった。
そういう地に生活している人々がどのような精神性を持つのか。これは私自身をもって検証できる観察例だが、私自身は逆にそのような土地ではなく、海や広々した風景に強いあこがれを持ちながら育った。それはいまにいたっても自覚できる。
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