2012年3月22日木曜日

3月22日

◎今日のテキスト

 冬の蠅《はえ》とは何か?
 よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅。彼らはいったいどこで夏頃の不逞《ふてい》さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう。色は不鮮明に黝《くろず》んで、翅体《したい》は萎縮している。汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚《こより》のように痩せ細っている。そんな彼らがわれわれの気もつかないような夜具の上などを、いじけ衰えた姿で匍《は》っているのである。
 ——梶井基次郎「冬の蠅」より

◎言葉の音

 言葉はものごとをしめす「意味記号」であると同時に、音声でもある。
「冬の蠅」という言葉は、冬という季節に生息している蠅という生物を指し示す意味記号である。と同時に「ふゆのはえ」という音声であり、人の声という音そのものでもある。
 現代人は言葉を聞いたとき、その意味ばかりを追求するように訓練されてきたが、その言葉の音が持つ感触や手触りを味わうこともできる。むしろそちらのほうが豊かな情報を含んでいる。その言葉がどのような感触を持って発せられているのか、どんな手触りがあるのか、どんな感情がこめられているのか。
 だれかの声を聞くとき、あるいは自分が声を発するとき、さらには黙読で声を発せず頭のなかで響かせるとき、「言葉の音」を味わってみることができる。

0 件のコメント:

コメントを投稿