2012年5月6日日曜日

5月6日

◎今日のテキスト

 これからわたくしの述べようとする身の上話を、ばかばかしいと思う人は、即座に、後を読むのをやめてもらいたい。そして、この本の頁を、ぱらぱらとめくって、他の先生の傑作小説を読むのがいいであろう。銀座の人ごみの中で、縮《ちぢ》れ毛の女の子にキッスされた話だの、たちまち長脇ざしを引っこぬいて十七人を叩《たた》き斬った話だのと、有りそうでその実有りもしない話に、こりゃ本当らしい話だと、うつつをぬかすような手合《てあい》に、これからわたくしの述べようとする、無さそうでその実本当にある話を読んでもらっても、とても真の味はわからないであろうから。(もっとひどい言葉でいいたいところだが、冒頭だから、敢て遠慮をしておく)。
 さて、もうこの行のあたりを読んでいてくださる読者は、十中八九、真にわたくしの気持に理解のある粒よりの高級読者だけが残っておられることと思い、わたくしはそろそろ安心して本調子の話をすすめようと思うが、しかしまだ幾分ゆだんは出来ないぞ。
 ——海野十三「第四次元の男」より

◎超並行処理型集中力

 なにかをするとき、とかく「集中しなさい」と
 教えられてきたことと思う。しかし、集中の形にはいくつかの種類がある。
 たいていは気をそらさず、自分の外側の世界のことは気にせず、目にいれず耳にいれず、自分の目の前のことに一心不乱に注意を向けるように教えられたのではないだろうか。しかしそれは「集中」ではなく「執着」という言葉に近いと考えられる。このような場合、人は自分のなかに閉じこもり、時間が経つのも気がつかない。我に返ったら数時間たっていた、というようなことが起こる。
 しかし、さらに上質な集中の形がある。周りで起こっているすべてのことに気がついており、なおかつ自分がおこなっていることにも完全に集中し、時間が濃密なゆっくりと流れる、という形だ。スポーツの世界ではこれを「ゾーン」と呼び、トップレベルの選手はすべてがこの境地をめざす。

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