◎今日のテキスト
哲学が何であるかは、誰もすでに何等か知っている。もし全く知らないならば、ひとは哲学を求めることもしないであろう。或る意味においてすべての人間は哲学者である。言い換えると、哲学は現実の中から生れる。そしてそこが哲学の元来の出発点であり、哲学は現実から出立するのである。
哲学が現実から出立するということは、何か現実というものを彼方に置いて、それに就《つ》いて研究するということではない。現実は我々に対してあるというよりも、その中に我々があるのである。我々はそこに生れ、そこで働き、そこで考え、そこに死ぬる、そこが現実である。
――三木清『哲学入門』より
◎介護されずに死まで行きたい
私の父は太平洋戦争のとき、学徒出陣で海軍に駆り出され、レイテ沖の海戦のときに魚雷攻撃を受けて九死に一生をえた傷痍軍人だった。なんとか高校教師を定年まで勤められるほどには怪我は回復したが、基本的に身体が弱かった。
それが80歳を越えるまで生きて、最後までだれの世話になることもなく、ある日、寝ている最中にぽっくりと旅立っていった。
生前は調子が悪いと無理をせず、すぐに横になっていたし、暇があるとせっせと歩いたり庭仕事で身体を動かしていた。父なりに健康に気をつけていたのだ。だから、最後までだれの世話にならずにすんだのだろうと思う。
私も父のようにありたいと思う。そのためには、日ごろからの注意が必要だが、いまの私には音読療法という強い味方があるので、年をとっても介護予防は欠かさず自分自身で心がけたいと思う。
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