◎今日のテキスト
元禄という年号が、いつの間にか十余りを重ねたある年の二月の末である。
都では、春の匂いがすべての物を包んでいた。ついこの間までは、頂上の処だけは、斑《まだら》に消え残っていた叡山《えいざん》の雪が、春の柔い光の下に解けてしまって、跡には薄紫を帯びた黄色の山肌が、くっきりと大空に浮んでいる。その空の色までが、冬の間に腐ったような灰色を、洗い流して日一日緑に冴えて行った。
鴨《かも》の河原には、丸葉柳《まるはやなぎ》が芽ぐんでいた。その礫《こいし》の間には、自然咲の菫《すみれ》や、蓮華《れんげ》が各自の小さい春を領していた。河水は、日増《ひまし》に水量を加えて、軽い藍色《あいいろ》の水が、処々の川瀬にせかれて、淙々《そうそう》の響を揚げた。
――菊池寛「藤十郎の恋」より
◎まだ起こってもいないことを心配してしまう
ひさしぶりに地震で目がさめた。震源は茨城県で、東京では震度2程度だったと思う。
最初の小刻みな揺れで目がさめて、それが徐々に大きくなっていくのを感じながら、さらに大きくなって大地震になったらどうするかと考えながら服を着た。
活断層に覆われている日本列島に住んでいるかぎり、どこにしても大地震の心配はある。かといって、その心配ばかりしながら暮らしているのはつまらない。いまこの瞬間にはなにも起こっていないわけだから、寝ていても起きていても、いつでもそれに対処できるように心身を良好な状態にしておきたい。いらぬ心配をすることで、心身が萎縮し、いざというときに自分の能力が発揮できないような状態にはしておきたくない。
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