2013年2月8日金曜日

2月8日


◎今日のテキスト

 文壇の、或《あ》る老大家が亡《な》くなって、その告別式の終り頃から、雨が降りはじめた。早春の雨である。
 その帰り、二人の男が相合傘《あいあいがさ》で歩いている。いずれも、その逝去《せいきょ》した老大家には、お義理一ぺん、話題は、女に就《つ》いての、極《きわ》めて不きんしんな事。紋服の初老の大男は、文士。それよりずっと若いロイド眼鏡《めがね》、縞《しま》ズボンの好男子は、編集者。
「あいつも、」と文士は言う。「女が好きだったらしいな。お前も、そろそろ年貢《ねんぐ》のおさめ時じゃねえのか。やつれたぜ。」
「全部、やめるつもりでいるんです。」
 その編集者は、顔を赤くして答える。
 ――太宰治『グッド・バイ』より

◎ことばには意味と音がある(四)

 文章以前に音声としてあるものが、音読であり、朗読表現だ。表現である以上、音をどう扱うかについての選択肢は表現者の側にある。音を出すも出さないも、朗読者の選択だ。
「そ・◎・ば・か・◎・し・て・い・◎(損ばかりしている)」
 と音節を無音にして読むことも、選択肢としてありうる。こう読まねばならない、ということは一切ないし、こう読んではならない、ということも一切ない。あるのは「どう読みたいか」という自分自身との対話とそこから生まれる選択肢だ。

0 件のコメント:

コメントを投稿