◎今日のテキスト
赤い靴 はいてた 女の子
異人さんに つれられて 行っちゃった
横浜の 埠頭《はとば》から 汽船《ふね》に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった
今では 青い目に なっちゃって
異人さんの お国に いるんだろう
赤い靴 見るたび 考える
異人さんに 逢《あ》うたび 考える
——野口雨情「赤い靴」
◎対価とか等価交換とか(2)
表現活動の多くが経済活動の側面を持っているために、資本主義経済の考え方を持ちこんでしまう人が多い。
もちろん最初から商業活動しておこなわれている表現もある。しかし、そもそも表現がはじまる最初のところは、商業とは関係がない。人はただ自分を表現したくて、なにかを人に伝えたくて、あるいは自分そのものを伝えたくて表現をする。そこにはその行為をお金に換算するという考えはない。
その行為が結果的に経済を基準にして評価されたり、あるいは表現の場を確保するために、お金が動きはじめる。そこで表現活動に経済的な考え方を持ちこんでしまう人が多く出てきてしまう。表現活動の運営に経済は大切だけれど、それはけっして根幹をなしているわけではない。
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