◎今日のテキスト
自分の頭が混乱したり、気持がよわくなったり、心が疲れたりしたときには、私はよく歩きに出かけます。
それはたいがいのばあい、そういう自分の状態をなおそうとハッキリ思ってすることではなく、本能的にすることです。ほとんど無意識のうちに私は立ちあがり、かんたんな身支度をして家を出て、外を歩いています。それはまず、私が外気の中にいることが好きなこと、風景を見ることが好きなこと、知らない人びとの姿や顔を眺めることが好きなことなどのせいもあるらしいが、それだけではないようです。また、ふつうの言う意味の散歩ともすこしちがいます。
――三好十郎「歩くこと」より
◎歩くこと
走れればいいのにと思うけれど、膝に故障があるので走れなくなってもう十年以上になる。その代わり、ほぼ毎日歩いている。
歩くことは運動量を確保するほかに、三好十郎が書いているようにいろいろなことが起こる。風景、季節の移り変わり、植物、出会う人、風、空、さまざまな体験がある。毎日おなじ道を歩いていても、それはかならず違う風景をもたらしてくれる。
この世にはなにひとつ変わらないものはない、つまり「無常」という仏教的な感覚を、毎日歩くことによって確認することができる。
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