2012年3月1日木曜日

3月1日

◎今日のテキスト

「随分遠いね。元来《がんらい》どこから登るのだ」
 と一人が手巾《ハンケチ》で額《ひたい》を拭きながら立ち留った。
「どこか己《おれ》にも判然せんがね。どこから登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えているんだから」
 と顔も体躯《からだ》も四角に出来上った男が無雑作に答えた。
 反《そり》を打った中折れの茶の廂《ひさし》の下から、深き眉を動かしながら、見上げる頭の上には、微茫《かすか》なる春の空の、底までも藍を漂わして、吹けば揺《うご》くかと怪しまるるほど柔らかき中に屹然《きつぜん》として、どうする気かと云《い》わぬばかりに叡山《えいざん》が聳《そび》えている。
 ——夏目漱石『虞美人草』より

◎マインドフルネスについて「評価を手放す」

 大脳皮質が発達し、言語活動をおこなう人間は、いろいろな事象を「解釈」し、それに「意味づけ」をして「評価」をあたえてしまう癖を身につけてしまった。
 たとえば洗い物をしている時間は自分にとって価値の低い時間、できればなくしたい時間、資格を取るための勉強をしている時間は価値の高い時間、なるべく多く確保したい時間、というわけだ。しかし、どちらも自分が生きてすごしている時間であり、どちらもイキイキとマインドフルにすごせればこんなによいことはない。
 自分が勝手に「価値が低い」と判断した時間を生きている自分自身は、とてもかわいそうな自分である。ぜひそこから自分を救いだしてやりたい。そのためには「評価を手放す」ことが必要になる。

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