2014年10月14日火曜日

マインドフルな10月14日

自分とだれかを比較して、自分のほうが優位であることを確認して優越感をおぼえ、そのことで安心する「安心」そのものは、不安定な安心です。
安心の奥に不安がひそんでいます。
なぜなら、自分の優位がいつまたひっくり返されるかわからないからです。
なので、自分の優位によってこころの平安を求めようとする人は、人より優位に立ちつづける競争をやめることができません。
財産をいくら築いても、名誉をいくら得ても、本当の安心はやってきません。
人と自分を比較しているかぎり、けっしてこころの平安はおとずれないのです。

マインドフルの練習(293)
マインドフルにお茶をいれたり、飲んだり、という練習はすでにしていますね。
今度はお茶を飲んだあとにもマインドフルになる練習をしてみます。
お茶を飲みきったあとのからになった湯のみを見てみます。
そこにはいましがた、あなたに飲まれるためにお茶が満たされていました。
そのお茶はいま、あなたの身体のなかに移動しました。
お茶が移動してきたあなたの身体と、お茶が移動していったあとの湯のみと、そのふたつをどうじに感じてみることはできますか?

2014年10月13日月曜日

マインドフルな10月13日

優越感や劣等感を私たちはどのように身につけてきたのでしょうか。
子どものころから、なにかをおこなったときに、人よりうまくやれればほめられる、順位があがればほめられる、あるいはその逆の場合は叱責される、といったふうに学習させられて育ちます。
子どもは親や教師などの大人のなかで、自分が安全で安心してすごすために、競争に打ち勝つ努力をする、あるいはしているふりをする、というふるまいを身につけていきます。
つまり、そこには自分の安心や安全といったこころの平安の問題があるのです。
自分が本当はなんによってこころの平安を得ることができるのか、深くかんがえてみる必要があります。

マインドフルの練習(292)
ゆったりと座ることができる背もたれ付きの椅子に座ります。
しかし、まずは背もたれに背をあずけずに、背骨を立て、骨盤を座面に垂直になるようにして、まっすぐ座ってみます。
しばらくその感じを味わってから、今度はゆったりと背もたれに背をあずけ、全身から力を抜いてみます。
違った感じがすると思います。
それを何度かくりかえし、自分の身体の感じの変化を味わってみましょう。

2014年10月12日日曜日

マインドフルな10月12日

優越感、あるいは劣等感は、なにごとにも序列をつけ、上下関係を作る社会の仕組みのなかで生まれてきます。
人はもともと、そういう感情は持ちあわせていません。
子どものころから比較され、序列をつけられ、そのことによってほめられ、あるいはけなされていく過程で、徐々に身につけていくものです。
人をうらやんだり、さげすむ感情が自分のなかに見えたとき、自分自身がそのとき本当に大切にしているものはなんなのか、静かに内側をのぞきこんでみる必要があります。

マインドフルの練習(290)
右手で浅いお椀の形を作ります。
それを使って右の耳全体をすっぽりおおってみましょう。
どんな音が聞こえますか?
つづいて左手も浅いお椀にして、左耳もおおってみます。
どんな音が聞こえますか?
十分に聞いたあとで、両手を耳から離してみましょう。
どんな感じがしますか?

2014年10月11日土曜日

マインドフルな10月11日

そんな人ばかりではないかもしれませんが、だれかが不幸なめにあっているのを見たり聞いたりすると、ちょっと気持ちよくなることがあります。
実際、他人の不幸を商売にする雑誌や番組が成立しています。
自分にわざわいが降りかかるのはごめんだけど、他人の不幸はおいしい、という人がいるし、自分のなかにもそんな部分がちょっとあるかもしれません。
人の不幸を見てこちらが気持ちよくなるのは、優越感などで自分が相手より優位・上位に立てたような気がするからです。

マインドフルの練習(289)
コピー用紙でも広告でもなんでもいいんですが、いらなくなった紙を一枚用意します。
たとえばA4サイズくらいの紙を用意したとします。
それを半分に折ります(一回め)。
さらに半分に折ります(二回め)。
さらに……というふうに、三回、四回と、どんどん折りたたんでいきます。
さて、何回折りたたむことができましたか?
八回以上折ることができたとしたら、あなたは相当な怪力の持ち主でしょうね。

2014年10月10日金曜日

マインドフルな10月10日

なにか失敗したり、ものごとが思うようにいかなかったとき、ウジウジと自分自身を責めることに実は快感をおぼえてしまうことがあります。
「どうせ自分なんか」とか「できない情けない自分」を責めて内向きになり、しかしその閉じこもった感じが嫌いではない、むしろ居心地がいいような気もする、という状態です。
うじうじしたり、あるいはそうでなくても過去の思い出にふけったり、自分の内側に閉じこもることには一種の快感があります。
しかし、そこからはなにもよいものは生まれません。

マインドフルの練習(288)
においの強い食べものやあと味の残るものを食べることがあります。
玉ねぎ、納豆、ニンニク、魚といったものですが、食事が終わってからも気になりますね。
そういうとき、ゆっくりと深呼吸をしてみましょう。
まず息をすっかり吐いて、それからゆっくりと大きく吸います。
新鮮な空気を味わってください。
そしてふたたび吐いていきますが、においやあと味をしっかりと感じながら、つまりその存在を否定するのではなく受け入れながら、ゆっくりと吐ききってみましょう。

2014年10月9日木曜日

マインドフルな10月9日

いっしょに仕事していたり、生活している仲間から、「なにか手伝おうか?」と申し出を受けたとき、うれしい気持ちとともになんとなく気が重くなることがありませんか?
手伝ってもらいたいと思いながらも、自分のやりかたがあって、だれかに頼むとそれとは違うやりかたをされてイライラしてしまう、そういう経験があって、腰がひけてしまうことがあります。
そんなとき、あなたは、ものごとをやりとげるための「手段」にこだわっているのです。
それを手放し、相手にやりかたや手段を任せられたとき、どんなことが起こるでしょうか。

マインドフルの練習(287)
トイレで用を足し、トイレットペーパーを使うとき、あなたはなにを感じていますか?
おそらくほとんど無意識にカラカラと引きだして、いつもの手順で必要なことをおこなっているでしょう。
まるでいま初めてトイレットペーパーというものを目にし、まるで初めて使うかのように注意を向けて使ってみてください。
どんな感じがしますか?

2014年10月8日水曜日

マインドフルな10月8日

生きていると楽しいことばかりが起こるわけではありません。
苦しいこと、悲しいこと、憤りを感じることが身に降りかかりますし、世界でもさまざまな嫌なこと、危機的なことが日々発生しています。
だからといってそういう問題に直面したとき、自分自身が苦しくむずかしい顔つきや気分であたったとしても、問題はまったく好転しません。
問題が起きてもいつもほがらかな気分や顔つき――つまり身体性――でいれば、自分自身の本来ある能力をめいっぱい使える可能性が高まります。

マインドフルの練習(286)
木の葉っぱを一枚、取ります。
できれば広葉樹の、なるべく大きな葉っぱがいいでしょう。
それを両手の手のひらにはさんでぴったりと押さえます。
合掌した手のひらの間に葉っぱがはさまっている状態です。
さて、手のひらの内側にある葉っぱはどんな感触ですか?
その葉っぱの存在を感じとっているあなた自身は、どんな感じがしますか?