2014年5月7日水曜日

マインドフルな5月7日

だれかと話したり、なにかを見たり聞いたりするとき、私たちは「必要な情報」のみを取捨選択しています。
とくに現代人はその能力を先鋭化しています。
しかし、往々にして必要な情報とは、言語的・意味的・効率的なものばかりで、本当はより重要な情報を取りにがしていることがしばしばです。
非言語情報のなかに重要な情報があるのに、言葉の意味にばかり気を取られて、相手が本当にいいたいこと/伝えたいことを聞きのがしてしまうことが多いのです。
そんなわけなので、非言語情報を受け取る練習を、ことさら意識的におこなう必要性が出てきます。

マインドフルの練習(130)
コップにさしたストローに息を吹きこんでブクブクさせますが、そのとき声も出してみてください。
「うー」でかまいません。
水のブクブクいう音、ストローと水をくぐってひずんだ声、そして喉から自分の骨格を通して直接耳にとどく自分の声、それらが合わさってどんな感じの音になっていますか?
かなりニュアンスの細かい、複雑な音になっているかもしれません。
それに緻密に耳をかたむけてみてください。

2014年5月6日火曜日

マインドフルな5月6日

私たち人間は「非言語シグナル」を受け取る能力に本来たけています。
なにかにたいして怒っている人がいると、その人のそばにいるときその怒りをなんとなく感じます。
リラックスしている人のそばではリラックスを、悲しんでいる人のそばでは悲しみを、ことばをかわすひとなくなんとなくその人の状態を受け取ります。
これは私たちがまだことばを使えない赤ん坊のころから生まれつき持っていたり、獲得したりした能力です。
しかし、大人になるにつれ、非言語シグナルを無視し、言語的に明示された情報を注目するようになります。

マインドフルの練習(129)
コップに水をいれ、そこにストローをさします。
ストローを口にくわえ、ゆっくりと息を吹きこんでください。
ストローの先からブクブクと気泡が出てくると思います。
それを見たり聴いたりしながら、なるべくゆっくりと長く息を吹いてみてください。
これは息を長く吐くためのとてもよい練習です。

2014年5月5日月曜日

マインドフルな5月5日

誕生日が来たり、年が変わったり、月が変わったり、などの月日の区切りがやってくると、つい「また歳を取ってしまった」と思ってしまうことがあります。
たしかにそのとおりなんですが、その思考は自分になにもよいことをもたらしてくれません。
歳を取ることはたしかですが、それはまたまったくあたらしい自分に出会うという体験でもあります。
まだ見ぬ自分、まだ経験したことのない自分に、日々私たちは出会いつづけているのだ、というふうにかんがえることもできます。

マインドフルの練習(128)
冷たい水を口にふくんでみます。
冷たさは口のなかいっぱい、そして舌にも感じられます。
舌を動かすと舌の上もほうにも下のほうにも冷たさを感じられるでしょう。
最初は冷たさを感じていた水も、時間がたつにつれ体温であたためられ、口のなかでなじみ、やがて冷たくなくなっていきます。
その変化のようすを観察してみます。

2014年5月4日日曜日

マインドフルな5月4日

錯視という現象があります。
本当はおなじ長さの線なのに長短に見えてしまったり、動かない絵なのに動いているように見えたり。
そういったことは人の認知能力の特徴と限界をしめしてくれますが、自分の認知能力に癖や限界があるということを知っておくことは重要です。
自分の認知能力を超えた現象があったり、認知できていると思いこんでいることが実は錯覚や思いこみであったり、というのはしばしばある、という自覚をしておく必要があります。

マインドフルの練習(127)
親指と人差し指との先端を合わせて「○」を作ります。
左右の手でそれぞれ作ります。
それを鎖のようにおたがいに組み合わせます。
ふたつの輪が組み合わさったものを、両手で左右に引っ張ります。
どちらかの手指の力が強いか、弱いか、差があるか、あるいはないか。
たいていはどちらかの力が強くて、弱いほうの輪を破ってしまいます。
そのようすをまるで他人事のように客観的に観察してみてください。

2014年5月3日土曜日

マインドフルな5月3日

天井板の模様とか、岩肌の模様とか、ふとした瞬間に人の顔や動物や、その他なにか知っているものに見えたりすることがありますね。
偶然の産物ですが、いったんたんなる模様がなにかに見えてしまうと、それ以降はどう見てもそれにしか見えなくなってしまう、という経験を多くの人がしているんじゃないでしょうか。
人間の認知能力というのは、人の顔なり動物の姿なり、あるパターンを認識することに非常に長《た》けていますが、逆にそれゆえに「思いこみ」を生んでしまうこともあります。
自分が見ているものが思いこみなのか、そうでないのか、これをチェックするのはかなりの慎重さを必要とします。

マインドフルの練習(126)
両手のてのひらをぴったり合わせて、合掌の形にします。
肘を張り、下腕がてのひらの付け根を中心にまっすぐになるようにします。
てのひらを力をこめて押しあいます。
自分の力ですから、どちらかが押され負けしてしまうということはないでしょう。
自分で自分のてのひらを左右からたがいに押しあったとき、どんな感じがするか観察してみましょう。
そのとき、呼吸をとめないように気をつけてください。

2014年5月2日金曜日

マインドフルな5月2日

自分が見ているもの、聴いているもの、感じているもの、そのすべては神経を伝達する信号として脳にとどけられます。
脳ではそれらを処理して、自分独自のイメージや感覚として再構築しているのです。
いわばバーチャルな像です。
そのものの実体と脳でとらえた感覚とにずれがあるのはあたりまえのことです。
そのずれを知り、修正するためには、実際に動いたり触ってみるしかありません。
しかし、現代社会はそれに輪をかけてバーチャルな情報や体験が増えていて、我々はものごとの実体からますます遠ざかっているといえるでしょう。

マインドフルの練習(125)
だれか知り合いに頼んで「握手」をさせてもらいましょう。
その前に、その人と握手した感覚を自分で想像してみます。
なるべくリアルに、感触、温度、湿度などをあらかじめイメージしておきます。
それから実際に握手してみます。
あらかじめイメージしたものとリアルな感触とはどのように違いますか? それとも似ていますか?

2014年5月1日木曜日

マインドフルな5月1日

人は自分の身体のことを自分でわかっていると思っていますが、はたしてそうでしょうか。
身体の状態は感覚神経をとおして信号として脳に送られ、「こんな状態」というバーチャルなイメージとして脳内に再構築されます。
そのイメージが実際の身体の状態と一致しているかどうかは、なかなか確かめるすべがありません。
私たちは往々にして、自分がイメージしている身体の状態と、実際の身体状況のずれを生んでいます。
そのずれを知るには、実際に動いてみるしかありません。

マインドフルの練習(124)
目の前に鉛筆(ペンでもいいですが)を一本と紙を一枚置きます。
まず鉛筆を「つかもう」と思ってからおもむろにつかんでみてください。
そのときの身体の動きを緻密に観察しておきます。
つぎに、紙になにかを「描こう」と思って鉛筆をつかみます。
先ほどと比べてなにか身体の動きのようすに変化はありましたか?
非常に微細な変化ではありますが、このふたつの動作には決定的に質の差異があるのです。